あちらとのdiary

内なる宇宙との対話から私を思い出し、表現する場

証拠の品と過去世

こんばんは。

今日は冷えた一日でした。2月です!

ザ・冬、2月!大好きです。

瞑想をはじめてから、デトックスが進んでおりますが、それ以外には全く体調を崩すこともなく、元気に冬を越しています。

今日もやると決めた事をこれから黙々とやるのですが、やっぱり昨日の探索が楽しかったなあとついついノートを振り返ってしまいます。そして、昨日証拠の品として出てきたものが、今日すでにみつかりました。

非物質界に行くと、とりあえず、その体験が本当であるか確かめるために、帰り際証拠の品を受け取ってくるのですが、ノートに書いてあった下手な画を見て、ハっとしました。

そして、ひとつ気になることもできたので、やることやってから、今晩アチラノセルフに会いに行こうと思います。

少し話はかわります。

私は過去世というのに、まだ少し抵抗があるのですが、みなさんは、ストンと受け入れていらっしゃいますか。

IHのマチルダの話を聞いた時に、ひとつの考え方として、何度も転生していると考えなくてもいいんだと思ったら、正直気楽になりました。

自分の過去世と呼ばれるものをいくつか見てくると、何かを成し遂げなかった人たちの職業全部を今の私が興味が重なるために逃げ場に使っている感じがして、居心地がよくなかったのです。

だから、うまれてくる前に時間があったから沢山面白そうな人生DVD見てきちゃって、当時はみんなでひとつの存在だと思っていたから共感力も今よりあって、生まれる直前には全部をいったん忘れて、そうそう思い出される予定がなかった、その記憶と捉えようかと。

今生きてる自分に対して執着がとてもあるのでしょうか。私は私、過去世さんは過去世さんよ!というように。

実際生きてる私はひとりなので、そんな無理なことを過去世たちも期待はしていないと思うのですが、何かその人たちの好きだったことというものに重さを感じてしまいます。あくまで、私が参考文献のように参考にさせてもらって、そして、静かに応援してもらう分には構いませんが、支配はしないで下さい。と思ってしまいます。

サッカーの選手とサポーターという関係でしょうか。

「応援するのはいいけど、ミスしたからって、隣の人殴るとか、卵ぶつけられる覚えとかありませんよ、ぼくはぼくのプレイをするだけです」というような。

わ、なんだかとってもすっきりしました。

サポーターからもらったファンレターに

「私はパン屋さんで、朝早くからがんばって作っていますので、本田さんも頑張ってください」と書かれていても、本田選手は、パン屋さんて朝早くて大変なんだなあと一瞬気には留めるかもしれませんが、練習中も試合中もパン屋パン屋と思うようなことはないですよね。

私が過去世の職業や好きな事対して、本田選手のそんなサポーターに対するスタンスでいられれば、全然受け入れられるというか、ウェルカム(過去世)サポーターです。

サポーターのフラストレーション溜めないように、岡ちゃんみたいに一生懸命プレイして、ふと眺めればフーリガンがいないスタジアムの客席はワーワー盛り上がっているわけです、自分と一緒のユニフォームなんて着てるから自分を応援しに来ているかと思っていたけど、何かちょっとそうでもないような、というようなことに気づいても。前半終了する頃には、風とともにサッカーができているような気がしてきました。

ような、ような連発の文ですが、、今ほっとしました。こんな形で解決されるとは思ってもみませんでした。

私にはよくわかる話でしたが、分かりづらかった方、ここまでついてきて下さって、ありがとうございます。

皆さんにも、沢山の応援がついていると思います。

応援を力にかえて、自然体でいたいですね。

一年でお正月の次に好きな節分目前です。

皆さんも、よい節分お迎えくださいませ。

 

あかね

 

 

自分の過去世を自分で見たい方、今の名前で生まれて以降、いつの自分が今一番応援しているのか知りたくなった方は、BMメソッド、是非使ってみて下さい。

しごたんワークショップ開催します。