あちらとのdiary

あちらからの応援をかりて力強く軽やかに生きる記録

お盆

みなさん、おはようございます。

お盆ですね、道は混んでいるようですが、みなさんがご家族で集まったり、お墓参りをしてご先祖さまに感謝したり、本当にいい慣習だなあと思います。

週末に祖父の家で、おっさまが来てお経をあげて下さいました。神父様とお話をする機会は作ろうと思えば作れますが、おっさま(お坊さん?)とか宮司さん?と話ができる機会ってあまりありませんよね。布教する気がないからでしょうか。だから、私にとってはおっ様が目の前にいるというのは、とても貴重な機会で、おっ様は次のお宅へ回りたいかもしれませんが、最近は、必ず何かしら話を伺えるように、質問をしています、笑。だって、すぐに帰ってしまわれるなんて、もったいないですよね。

そして、また新たな仏教にまつわるお話を聞くことができました。そのおっさま曰く、「自分のような坊さんじゃなくて、もっとしっかり悟りに近づいてる人であれば、こうは話さないだろうし、私が言ってることは、信じなくていいんですよ」とあくまで低姿勢、笑。ブルースのようでした、笑。だから説得力あるところとないところがあって、興味深いのですが。お経は、陀羅尼と呼ばれる部分とそうでないところがあり、陀羅尼を無心で声に出して唱え続けることで無の境地に至ると。写経も、何も考えずにただ書くことで無の境地になると。親鸞なんかは、自分が罪人の極みだと言っているそうで、そんな人なので、一万回今日は唱えた、とか、修行をすることで、どうにか常に、無の境地であるよう努めたということのようでした。

アンコンディショナルラブ、無条件の愛、というのは、無だと思うのですが、やっぱり、日本には愛を捉える土壌がないように思うのです。おっさまは、無の境地に至ると、あらゆることが有難く心の底から思えるんだ、と仰っていました。「有難いな、って思いますよ、私も。でも心の底から有難いって思ってるわけじゃないからね」と仰るのです。その場は笑うしかない、という状況でしたが、おっさまは修行の身だと思ってらっしゃるからかと。自分はまだ甘いという想いでいらっしゃるのか、有難いと思ったのであれば、それに伴って全てがシフトするような、そんな感覚を目指しているのかなあ、と思いました。そこでも私は、やっぱり、感謝の気持ちか、と。嘘でも、というと言いすぎかもしれませんが、有難いな、有難いな、と思う癖をつけるに越したことはないと言いますか、、本当に感謝していないのであれば、またそれに気づくための機会は与えられるような気がするので、この有難いキャンペーンは本当におすすめだと思いました。

最近、有難いな、と思う瞬間が本当に増えていたので、おっさまからも、そんな言葉を聞けると思っていなかったので、あながち間違いではなさそうだと。そして、本気で祈るという事をしたら、心の中というか体の中というか、ありがとうで溢れかえってしまったのです(その瞬間だけ)。その時の事を思うと、愛、という言葉は全く思い浮かばないんですよね。私の中で、愛という言葉がとても大事だったのかもしれません。それが、今では安っぽい言葉になってしまったと勝手に嘆いているのかもしれません。そして、無理に実感が伴っていない人たちの間でこの言葉を使う意味があるのかな?と思ったりもするのです。愛という言葉は忘れていいように思いました。「手垢がついた言葉」なんですよね。ブルースがいうところの。ブルースは愛という言葉に対して手垢がついた言葉だなんて思っていないですよ。私は、そう思うという事です。愛という言葉が愛情の意味で使われているということです。

無だとか空だとか、見て見られて、その両側であることを運動であるというのか、嶋崎喜一さん(トータルゲーム開発者)が仰るところの虚数というのか、それを越えたところの真理というのか、それを捉えることができるというのは、面白いですよね。みんな表現は違えど、向かっている先が重なっている気がして、これこそ、こんなに多くの人が今を生きている面白さだろうなと思いました。

私が思う無の境地は、何も感じないとかではもちろんないのです。鮮やかすぎるくらいいろいろな事を感じるんだと思います。ブルースのいう信念、エゴを抜きに、それらを感じられる境地なんだと思っています。悟ったら、どんなに凄いかと思いますけど、もう存在していないでしょうね。悟っていなくても、その道を歩き出すと面白いわけです。悟りに完成形はないといいますか。ちょっと悟った気になると、もっと悟った状態を知ることになるのかと。そうすると、その時間を長くしようと思ったりしたら、もっと悟る必要が出てくるような。バイリンガルになるのと一緒かなあ。今、英語が母語であっても完全に使いこなせる人がいるのかわかりませんが、ああ、言葉というのはいい例えではありませんね。ピアニスト、だとか、茶人だとか、職業というか仕事の方がいいたとえですね。プロだ!プロになる事ですね。人間というか人というか、存在としてのプロですね、無の境地。机のビニールの下に「プロ」と書いて入れておこうと思います。

お経は陀羅尼の部分だけでも沢山唱えるといいようです。お時間のある方にはおすすめです。今回も、おっさまに面白いお話をして頂けてよかったです。

あかね

~好きな言葉は、思いやり、感謝、プロ~