あちらとのdiary

あちらからの応援をかりて力強く軽やかに生きる記録

レベル3参加中

みなさん、こんばんは。

只今、BMTA夏のワークショップin中野に参加しております。レベル3、絶賛信念体系崩壊中でございます。死にかけた方たちの臨死体験のお話を伺った後に、比較的軽いはずのエクササイズをひとつ。

気付いた時には金縛り状態。瞼も開かない、手も足も動かない、気付けば机に頬杖つくか何かそんな体勢だったはずが、坐禅のように手を組んで、背筋が伸び切って座っていました。ゆうじさんの誘導も半分も聞けていない状態、気付くと、「あ、今何か言ってた」というタイミングで、意識が戻る、の繰り返し。高校生の時まで見ていた夢のひとつとかなり深く繋がっていたんだな、と。そして、「死んだふりをして生き延びた」という信念に別れを告げました。

タイミング?決意?何が?と思ってしまうくらい、の衝撃です。こんなにわけのわからない体験ばかりすることも珍しく、想像がつかない、という流れが大事であったりもするんだろうな、と考えるようにしています。

もう会って話す機会がないであろう人たちがこれからも元気でありますように、会いたい人には会う時間を、みんなが死ぬ時に「お先に還ります」と思う世界が訪れますように。

ここから先、私はどこへ向かうのか、〇〇のない世界へ。聖書はまずロゴスがあったといっていますが、最後は何があったと書いているのでしょうか。あなたはいない、と書いてあるんでしょうか。家に戻ったら確認しようと思います。

カンガルーのように、私たちは今という体に時間という袋を持っていて、その中に全時間があると私は思っています。今日、未来の自分に過去の自分、今の自分が救われている事に気付いて実践している、というお話を聞きました。これは、なるほど~そうなるなあ、ととても納得して話を聞いていたのですが、それと同時に気付いたのが、常に今の私はある一定の時間軸を用意した時には未来の私であるわけです。そうなると、この与えられた、残りの時間をいかに奇跡の時間とできるのか、という事で胸がいっぱいになってしまいました。生きているってすごいことですね。

BMMは気づきを得るための方法ですが、練習を重ねるだけで、すごい世界が待っていたな、と思いました。

還る時が、種明かしが、少し、楽しみであり、そして、そう思うと、こちらに少しでもいたいような気もしました。自分が、というよりは、みんなにいてもらいたいと思いました。長生きしてください!

あかね