あちらとのdiary

内なる宇宙との対話から私を思い出し、表現する場

今朝は起きる時に夢を見ていて、生きている事、しあわせ、についての一つの感覚で、朝から涙が出てきました。ありがたいなあ、という気持ちが湧く時、涙が出るのはどうしてだろう?と。ありがたいことばかり、有難いことでしかできていないのに、どうして涙が出るんだろうと。有り難さの中にいて、ただ笑っていられる時が来るんだろうか、涙が出ない日が来るんだろうかと思いました。今の中だけにいるようになった時、これを奇跡と思わず、ただ笑って送れる日が来るのかもしれません。

最近、先日の奇経八脈イントロダクションの音源を聞いています。とっても面白いのです。

もう本当に、質問してくれたKさんに、感謝でいっぱいなのです。ちょいちょい、クラスに笑いを巻き起こし、エリンからの回答で私は、人生走馬灯のような感覚に陥りました。そんな体験をすると、奇経八脈を凄く凄く知りたくなるし、もう知らなくてもいいような、そんな気持ちにさせられました。

奇経八脈、と出会ったのは、IHを習った時でした。しかし情報は特になく、ただ、私のセッションの中では、調整で出てくるので、意味を考えず、ただ使ってきました。全然知識はないけれど、でも選ばれるから、使っているものでした。だから逆に気になるものになっていきました。

そして、エリンを呼んでくれたきょうこさんに、奇経八脈のクラスが来る時には教えて、と伝えていました。

そして、ついに奇経八脈のクラスが日本に来るので、イントロダクションを聞いてきました。私が知りたかったのは、使っていきたかったのは、こういうもの、これだったんだ、と思いました。

私がブルースのメソッドが好きなのは、全部その人にあるエネルギーを使っているからです。特別なエネルギーを入れるわけではありません。ただ、自分で自分を活性化するだけです。みんなが元々持っているエネルギー、力で自分がただあることを受け入れられるようになる、愛せるようになるための方法で、そういう方向に向かって行く時、人間に備わっている自然の力に触れられる、人間が意識というツールを使っている存在だと気づく、というようなメソッドだとも言えると私は思っています。

一見すると、亡くなっている人から情報を得られることは特別なことかもしれません、ハイヤーセルフと呼ばれる、自分の一部から叡智に触れられることは特別なことかもしれません。でも、それは、特別なことではなくて、リラックスしていれば、直感、印象としてただ思い浮かぶもの。これを逆手にとって、リラックスを学ぶために、こういうゴールを設定して、練習しているのかもしれません。今は不要となった信念からの解放によって、私たちはリラックスできる存在になっていきます。できないと思っていることができる時、信念から解放されます。信念という自分を閉じ込めておく殻から弾けだすことが「私」、名づけられない傾きが「私」。

エリン先生が伝えてくれた奇経八脈に、ブルースが教えてくれたメソッドと共通するものを私は強烈に感じました。そして、それが自分にとって大切な事なんだと感じました。誰にでもある、奇経八脈。それをエリン先生は活性化する方法と、活性化される事で生じることを教えてくれます。

奇経八脈に関する情報は日本語では本当に集めることが難しいので、とてもありがたいことですし、惜しみなく情報を共有してくれる素晴らしい機会になりそうなのです。

奇経八脈が、易学とどう繋がるのか、まだわかっていませんが、私の中で八卦は、宇宙、植物、人間に流れる真理を普遍的に表したものと、昔読んだ覚えがあります。そんな壮大な、ロマンチックなものとの繋がりも知るんだなあと。

そもそもは、高校生の時、クラスに易ができる子がいました、彼は昼休みに部室で、占いをしてくれていたのですが、20年振りの彼は、その道の人になっているとのことでした。そんな事を年明け耳にして、久しぶりに八卦なんて事を思っていたら、またこうして奇経八脈のクラスで情報がやってきて、人生って面白いなと思いました。

どんなクラスになるのか、どんな方達とご一緒できるのか、どんな自分に出会えるのか本当に楽しみです。


今日もみんなに歓びに繋がる発見がありますように。