あちらとのdiary

内なる宇宙との対話から私を思い出し、表現する場

久しく、こちらのブログを開けられずにいました。

皆さん、お元気でしたか?

今年に入ってから、オンラインでのクラスがいくつもある中、ノートパソコンはスピーカーが壊れ、カメラのないデスクトップには雷が落ち、iPhoneも充電できなくなり、と、機械音痴には中々面倒なここ数ヶ月でした。このブログも様式?が変わったりと、世話する時間が取れなかったので、閉じていました。

現在、ノートパソコン以外は復旧し、ようやく、そこそこ快適なオンライン生活になりました。

面白い話と言ったら、なんですが、浜松41度の日に、オンラインクラスで誘導中に熱中症で吐きました、笑。パソコンにかけちゃうことにならなくて、本当に良かったなって。カメラに向かって吐いていたら、もう放送事故というか、笑。

日々、畑や屋外にいる時には、汗をかくので自然に水分補給する気になりますけど、室内って、意識的に水分取らないと、本当に命取りですね。その夜は水を飲んでも吐いて、久しぶりに夜横になってる間に死ぬかも、と思うくらい体調が悪かったです。

体が大事だってことにも気づかされるし、畑にいる時の幸せも感じるし、ここ数ヶ月の気づきは物凄くて、人生の底、私の中にあるリトリーバルしてあげたい存在をくまなく確認できた気がしました。BMM3でいうところの切り離した自分、どれだけ??みたいな、笑。リトリーバルし放題じゃん!って、笑。

リトリーバルって、モンローさんなのかブルースなのか、言葉の選択のセンスにキュンキュンします。浄化、って言葉は本来ネガティブな言葉ではないけれど、現在のスピ界的には恐れに基づく単語ですよね。だから、私の現在の状況は、一般的には浄化し放題だよ、ってことですけど、浄化、ってせねばならない、って使われ方で、したいだけしていいよ!ってことではないから、リトリーバルし放題!ってウキウキします。しただけ、闇を光にかえる。腐った気持ちを肥料に変える。闇が知恵に、豊さに、無限の可能性に、変わるってことですからね。

吐くといえば、パワースポット、と呼ばれるところへ行っても吐き気がしたりすることありますよね。そういう時に、そこで自分が共鳴するものがあるから吐き気がするわけで、共鳴しない自分であれば、その場、ってなんでもないわけです。共鳴した自分の中には、助けて欲しい側面があるからで、助けて!って言ってる自分に気づけたわけだし、その場に、それと共鳴する同じエネルギーか反応を起こす逆のエネルギーがあるってことにも気付けるので、その場をリトリーバルしてあげてもいいってことになります。

そう考えると全ての、今自分に起きてることって、全部自分を知るための材料になるし、自分を知ったら、いいことばかりだから、そう考えたら、全てがいいことなんですよね。

この日曜日に教会では磔刑のキリストの話があって、キリストが命をかけたことに比べたら、目の前の煩わしいことなんて、本当になんでもないな、って。そう思えた瞬間から、前頭前野が働き出すわけで、ただ解決しよう、とするだけで、そこに自分がどうこうって恐れは共存できないんですよね。宗教って、すごいですね。パーーーーん、と現実を鳥瞰図にしちゃうから。

誰もがそう思えるとは思わないけれど、少なくとも今までBMMとヒプノとIHとAPで学んできたことが確実に15年前の私とは違う視点に置いてくれているし、エリン抜きにこの数ヶ月のプログレスは無かったから、出会いって、本当にすごいと思いました。エリンのことを知らない人にも、エリンがすごいといい過ぎたせいで、セッションでオリジナルのいい喩え話を私がしてしまった時ですら「それエリンさんが言ってたこととかですか?」と、クライアントさんのツッコミが入りますが、私もクライアントさんにとってのエリンになれたらいいなあ、と思います。ロールモデルが見つかりつつ、自分らしさも感じられるって、幸運だなって思います。

ここから、ついに、波に乗る準備が整った感覚です。楽しみでしかない、というのか、全てを楽しむ覚悟ができたというのか。お祝いに、ウン十万の高額プーアル茶を買ってしまいたい気分です、笑。田舎では試飲できないから買えませんが、美味しいプーアル茶ってヤバいですよね、笑。次に東京に行ける機会には、お茶屋さんと美容院に行きたいなあ。

早く、海外に行ける日が来ますように!!

皆さんも、元気に楽しくお過ごし下さい。

人との関わりの中で自分の子どもっぽさに嫌気がさしていた、今日この頃です。

みなさま、いかがお過ごしですか?笑。

でも、そんな自分もしょうがない、ということで、気持ちを切り替えることにしました。大人って眩しかった。

来年のオリンピック、そのお金を各市町村に感染症専用の施設を作ることに回して、トップアスリートの走る姿より、近所の子どもが走る姿を見られる世界がいいなと思いました。

無縄自縛。

この私を否定する時、それでいいと言ってくれる相手も否定していると思うと否定する気が鎮まる、って、完全にアウトだ!と思う、そのアウトは何かと問うと、一気にさめます。何だっていいんですよね。

オリンピックやめて大丈夫ですから。中止になったら、やるって言ってたのに!と貫かないことを責める側面も現れるかもしれません。でも、毎瞬消えては現れるようなものですから、私って存在、思考は。たとえ意識はあり続けるものでも。

今日、大好き、明日、興味ない、それでOK。一晩で病気が消えるとか、ヒーリングってそこを突いてるんだなって。ヒーリングの仕事を通して、自分を知れる、とっても楽しいです。私を知るって。

ハワイでイルカと泳いだ動画を見ていたら、不思議な気持ちになりました。ああ、あの子たちが今もっと楽しく泳いでるのかと思ったら、部屋に閉じこもってる私も気持ちいい。イルカたちがもう飽きたよ、人間来てもいいよーーー、ってみんなが思ったら一気にこの状況が変わる気がした、笑。

インナーセルフ、大いなる自分をよく見て、構成しているものを統合する機会に恵まれて、今、アスパラみたいに自分の成長を感じられて嬉しいです。話す鏡みたいな、大人の存在に出会えて、私が私ともっと統合されてもされなくても、会える日がいつかくるだろうし、もう、もしかしたら会えなくてもいいのかもしれない、温かい日にはそんな風に感じます。

今日も、とってもいいお天気です。

内なる5つの要素を統合していく、それって、ゴレンシャーから始まってるんだなって。海外でもゴレンジャーっているのかな。イエローのキャラ設定ってどうなっているんだろう。5色のみんなの素敵さが出てるストーリーなんだろうか。子供の時には、怖そうで見ていないからわからないのが残念。ゴレンジャーは大事な教育番組になってるといいなあ。5匹の子豚とか、仔羊とか、昆虫、とか、ああ、そんなお話を作れれば、それは理解できてるってことだろうな。

今、海外の講師が無料で講座をネットに挙げていて、いつか受けてみたいと思っていたヒューゴのクラスを見てみた。何話してるのか単語がわからないから時間をかけないと内容はわからなかったけど、噂通りで面白かった。本当に、リチャードアット、リチャードクレブス、ヒューゴ、この人たちのはウケる、笑。厳格なプログラマー

そして、対極のブラツォ。この人のブームは去ったのかな。ひと月くらい前には、顔を見ただけで、ぐわんぐわんして相変わらずヤバいな、って思って、今どうしてるんだろ?ってサイトを探して見てみたら、何も感じなかった。人って!これは私の何かが変化したんだろうな。エネルギーを感じるって本当に何だろう。

奇跡を起こす系の人たちって、何してるのか体験したくて、ローナバーンに祝福してもらった時も何も感じなかった。奇跡系は、何も感じていないって感覚を感じる。今の私の知覚では。祈りより微細な印象。あの人たち、あの人は本当に操作する意図がない。人間ではなくて、完全にあちらにフォーカスしてる印象。そしてあの時は、ローナさんはエンジェルの声は、5つの方式を統合して解釈してるようなことを言っていて、五神を調べていたタイミングだったから、ああ、ってすごく納得した。その人が持ってる概念で翻訳されるから。そして、五神を調べていた時に、私が習っているアルケミカルヒプノセラピーの副人格の扱い方から、ああ、五神って、これはこれで、それはそれで、って思って、その解釈含めヒプノの勉強が超楽しかった。心理学って、歴史がある分、手法としては行き詰まりがあっても、理論はすごいし、心理学では超えられないところをスピ的要素を使って乗り越えるアルケミーは勉強してて面白い。リーディングやチャネリングではなくて、ヒーリングをする時はどんな概念を使うのかってことがその人の好みやセンス以上にその人なりの人間とヒーリングへの理解を反映している気がして面白い。自分のことにどんどん気づいていく。