あちらとのdiary

内なる宇宙との対話から私を思い出し、表現する場

信頼

皆さん、こんにちは。 

今日から、脳をツボを使って調整し、能力向上を図るキネシオロジーの講座に参加しています。

ここで得たものは、将来的には子どもに向けて、20回くらい通ってもらって、その子の将来の選択肢が増える事や、ご家族でよい環境を作ってみんなで穏やかに楽しくいられる手伝いに使えたらいいなと思っています。 

講座の中では、脳についての知識が増えるのですが、この脳の仕組みというのに、子どもの頃から興味があったので、とっても楽しいです。そして、講座の中で記憶の作られ方について話を聞いているのですが、知覚についての理解も深まるので、目に見えないものに対しての知覚でも参考になります、むしろ同じだなと感じています。 

そんな話を聞いていると、最近自分が体験している亡くなった後の人のエネルギーについて、お伝えしてもいいのかな?と思いました。

ブルースが亡くなるかもしれない、と聞いてから、何度か非物質界でブルースとアクセスしましたが、亡くなって、F27へ会いに行った時に、ブルースは転生のループから外れるの、、!?と感じました。(失礼な話ですが、、、) 

怒りっぽかったり、いい意味で普通の人でした。ある意味天狗にならず、一般的な視座にいられるなんてすごいな、とも思うのですが。そして、実際どうだかわかりませんが、私が肉体のあるブルースと非物質に会っていた時の私が個人として知覚できるエリアからは外れる、エネルギーが消えた、と感じました。F27からディスクか外の世界へか。そして、そんな時に限って、証拠の品が、はっきり翌日出てくる、という、、。でも、ブルースから、この、体験に行ったら証拠を取るのがこのメソッド、だと、耳にタコができるくらい伝えられていましたし、そして証拠を受け取ったからには、私は自分の感覚を信頼します。

ブルース・モーエンメソッドをレベル3まで受講されている方なら、側面というのが残っている、ということであったり、じゃあ、あちらで見かけるブルースは何なんだ?という点で、疑問に思われる方もいるかもしれませんが、そのあたりの事は知覚という観点から私の中ではとてもクリアになっています。

私は、肉体がある間だけが、愛がテーマになったり、ないものがテーマになって、あるように感じたり、あるものをないと騒いだりするのか、と世界を捉え始めています。自分がしたい事は、今の名前で呼ばれる内にやらなければ、今後やれる時は来ませんし、「私」という言葉は肉体がある時、もしくは転生が控えている場だけで使われるものだと考えています。亡くなった方たちには、「(その方の)名前」「私たち」「あなた」「」といくつかのパターンがあると考えています。肉体がある世界での他人よりひとつパターンが増えただけ、とも言えると思います。

これらは、私の個人的な考えで、体験から至った考えに過ぎないので、トレーナーの一人がこんなこと言ってた、と、囚われる必要のない意見です。何かひっかかった方はご自身のハイヤーセルフガイドに聞いてみたり、自分で考えて、その考えを採用すればいいことです。何のために採用するのか?もちろん、自分が穏やかにいる為にです。 

ブルース・モーエンメソッドは、例えるなら車の乗り方をお伝えする場で、車でどこに行って、何を観光してこようと、それはその方の自由です。そして、そこでの体験を何より自分がより幸せであるために利用する、自分を受け入れるために利用するのが、このメソッドだと私は思っているので、こんな話をしてもいいのかな、と思いました。エネルギーワークをしたりすることは、自分を責める為でもなく、正しさという尺度のないものの為でもなく、自分が自然体でいられる為に使われる、スピリチュアルと呼ばれるものは、その為にあるんだと私は思います。

 霊なんですよね、私たちは。生まれた時から。

肉体は墓場だとダジャレのように言われていますが、本当にそうなのかもしれないな、と思います。何の墓場なのかということですね。動ける墓場はどうしたいのか。そんな観点もありなんだなあ、と思いました。(あっ!これを読んで何かを思い出した方がいるかもしれません、、あーー、やっぱり、とても共感できる人って世の中にいるものですね)

 脳の講座はまだまだ続きます。講座が終わる頃には、先週こんなこと言ってましたけど、あれは無しで、と言っているかもしれませんが、自分を信頼すること大事だな、と思ったのでお伝えしてみました。 

今日も寒さとともに、暖かくして穏やかにお過ごしください。

 

あかね 

ブルース・モーエンとIHセッションに出会って